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中国人強制連行跡地

住所 上川郡東川町東6号南3

1842(昭和17)年,当時の内閣は、日本の労働者不足による中国人民を強行な拉致で大勢の人を集めた、年齢も15歳から45歳でほとんどが農民だったそうだ。
1944(昭和19)年9月に、東川の宿舎に到着する。
338名の中国人が連行され、遊水地工事のために苛酷な強制労働を強いられた。
有刺鉄線の張った高い塀、明かりのない窓、見張所が作られ、まるで監獄部屋とも言える収容所だったそうだ。
冬にも暖房はなく、ヨレヨレの夏服一枚に、ワラで作った靴、ワラの手袋、そんな格好での過酷な労働。
忠別川の川底の石を素手でかき集めて運ぶ、手足が凍傷にかかり悲惨な現状だったそうです。
農業用水かんがい溝も従事していて、1945(昭和20)年10月に完成したとある。
こうした強制労働の結果、多くの中国人を死にいたらしめてしまう結果となり、殉難者は88名にも及んだ。
1972(昭和47)年7月7日、旭川市の日中友好協会と、中国人強制連行事件殉難慰霊石碑を建立して、何回かの大法要が行われている。


遊水地は今もなお東川町、旭川市の農産業に多くの貢献をし、東川の米は北海道でもトップクラスの品質にもなった。
遊水地の隣りには大雪遊水公園があり、整備されパークゴルフ場、芝生広場、花壇などがあり、夏には期間限定で農産物の直売所が設営される。
ちなみに、東川町では忠別川から水を引いて、水力発電を行なっている。この水が地底のパイプを通り、水温が下がるためそのまま川に戻すと農業用水には適さないのである、そのため、いったん水を貯める遊水地が必要だったのである。

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