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稚内港北防波堤ドーム

住所 稚内市開運

稚内観光協会

稚内の由来は、アイヌ語のヤム・ワッカ・ナイ、「冷たい水の流れる沢」という意味である。
開運地区は、埋め立てで出来た地区で独自の町内会は無く中央地区の北1・北3町内会に属している。中央埠頭と北埠頭を基盤とした水産関連会社や、漁協などが集中する地区である。中央は、南1・南2・南3・中央・北1・北2・北3の各町内会で構成され、1879(明治12)年郡役所、戸長役場、警察署、郵便局など、その他諸官公庁が稚内に移転し、銀行、商店などが軒を連ねる文字通りの中央地区だった。
道の駅わっかないから北方向へ約300mほど。

稚内港にある大型の防波堤で、周辺は公園となっており、2001(平成13)年には北海道遺産に選定された。夜のライトアップも綺麗である。稚内北防波堤ドーム 夜景← 記事に飛びます。

稚内港の防波堤としての役割、荒波から列車を守るため、1931(昭和6)年から5年間をかけ、1936(昭和11)年に完成した。
稚内港には、大正から昭和の始めにかけて、当時高さ5.5mの防波堤が設置されていたが、波が防波堤を簡単に乗り越え乗船客が海に転落するという事故が相次いでいたことから建設が急がれた。
防波堤の全長は427mで、70本の柱に支えられている。
防波堤の外観としては異色のドーム形態を取り、古代ギリシア建築を彷彿とさせる太い円柱と回廊は、世界でも珍しい建築物として注目されている。
第二次世界大戦の終戦を迎え、稚泊連絡船は役目を終える。
防波堤としての機能は維持されており、半世紀を経て老朽化が著しい為、1978(昭和53)年から3年間全面改修工事が行われ、1980(昭和55)年にその独特の景観は蘇り、礼文島や利尻島への航路など多くの船が発着する、稚内港を守り続ける歴史的遺産として復元された。

碑文
稚内港北防波堤ドームの由来
この防波堤は 戦前 稚内〜樺太との定期船発着所として築設されたも
ので アーチ型構造物として立案され 昭和6年に着工し 昭和11年に
完成したものであるが 激浪のため老朽が進み 昭和53年より改良
施行し 完成は昭和55年である この構造物の名称は 古代
ローマの柱廊を思わせる独特の外観から通称「ドーム」と呼ば
れ世界で唯一のものである



防波堤のそばには、稚泊航路記念碑が建っている。
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